第8回研究会の開催(2022年1月29日)

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。


【研究会の概要】

 2022年初回の研究会は、二部構成で行われました。第一部では、日下部尚徳さん(立教大学)が「対バングラデシュ援助の表象」というテーマで報告を行いました。第二部では、藏本龍介さん(東京大学)が「土木」、そして橋本憲幸さん(山梨県立大学)が「人づくり」を取り上げ、「英語にしにくい日本の開発概念」の研究成果を共有しました。


第一部:日下部さんの報告

 日下部さんの発表では、対バングラデシュ援助が始まった1960年代に遡り、今日の日バ援助関係に至るまでの過程を、バングラデシュの時々の国内事情とそれを巻き込む国際環境の分析を通して明らかにしました。日本はアメリカよりも早期にバングラデシュの独立を承認し、国家建設としての援助を展開してきました。サイクロンと独立戦争から生まれた「貧しく悲惨なバングラデシュ」という日本人の通底に流れ続けてきた表象は、かつては日本人の情熱を喚起し、両国の経済協力のレールを開くきっかけとなったと言えます。一方、こうした表象は、今や投資環境の不備・汚職といったイメージにつながり、日本企業のバングラデシュへの進出を阻む側面もあると指摘されました。

 日下部さんのご報告に対して、バングラデシュの企業進出先としての必要性、ラナ・プラザ崩落事故やテロ事件の影響、バングラデシュ国内の日本表象、「貧しく悲惨」という表象自体の効果の再検討、援助データとイメージの時差などといった質問がありました。それらの質問に対して、日下部さんは東南アジアと南アジアに対するイメージの差の存在、事件後のJICAの対応の少なさ、戦後日本の発展に対するポジティブな表象などといった補足説明をされました。また、バングラデシュにとって、日本の援助は中国やインドに比べて政治的なバランスが取りやすいという点が魅力的であり、日本も先端技術の使用を売りに自らの競争力を高めようとしていると述べました。


第二部:藏本さん・橋本さんの報告

 藏本さんは、civil engineeringという英訳だけでは抑えきれない「土木」概念を、その言葉の生成と意味変遷の歴史から明らかにしました。日本古来の「犯土思想」を背景として、技術志向的な「土木」は、汚い・醜悪といった否定的なイメージを帯びてきました。そのイメージを払拭するため、土木学会は「土木」が持つ利他性・文明性の提唱を試みています。また、開発援助の文脈において、「土木」の泥臭さは現場に寄り添う姿勢として肯定的に評価されており、従来の議論では等閑視されてきた「土木」の積極的な側面に光が与えられていることが明らかになりました。

 橋本さんは、政策言説・先行研究における「人づくり」の記述を整理しながら、その概念に対する批判的検討を行いました。「人づくり」は、主に外国人向けの政策の中で、「国づくり」とセットで使用されてきました。しかしその中身は、社会的・経済的な要素が多く含んでいるため、曖昧になっています。「人づくり」は、教育と深く関わる概念であるにもかかわらず、教育学研究の知見と反省がその議論に活かされていないことを問題視すべきではないかと指摘されました。

 二つのご報告に対して、参加者からの質問は、漢字の根源から言葉が指す現実の射程まで、多岐にわたりました。議論は非常に活発でした。


【研究会の所感】

 響きあう三つのご報告を通して、開発援助における他者像は、国家・政界・業界にとってのそれぞれの「都合良い他者像」がせめぎ合った結果であるような側面を、改めて感じました。善意的な不理解による表象の再生産、援助現場における泥臭さの再定義、自国のための「他国人づくり」。これらの他者像に逆照射されてきた自己像に対して、開発援助に携わる研究者・実務家は、どう向き合っていくべきでしょうか。ODAの未来をひらく鍵は、その向き合い方にあるように思いました。


【次回について】

 本研究会は二ヶ月に一度の開催を原則とするため、次回は三月末ごろに研究会を行うということになりました。今回と同じように、次回の研究会も二部構成となります。第一部は、小林誉明さん(横浜国立大学)によるご報告です。第二部では、近江加奈子さん(国際基督教大学)と松原直輝さん(東京大学)に、それぞれ「内発的発展」と「現場主義」に関する研究成果を共有していただきます。「英訳しにくい日本の開発概念」の第二弾となります。


(文責:汪牧耘)


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